ピアノの演奏にも、演奏者の心の傾向は現れます。
これは、リズム感とも関連性ありますが、打鍵と共に、フリーズする瞬間を設ける事で、次に推進したくなる動機を作る事になるのです。
この事は、発声においての「留め」の要素でもありますが、私は、その事が、あらゆる動作に共通する事に気付きました。
ピアノの指導の専門家でも無いのに、偉そうに言うな!と言う輩は居るでしょうが、その考え方そのものが、盲点を作り上げる事もここで述べておきます。
これは、動きの本質的なところだと思います。
恐怖が潜在的に強く植え付けられている人は、特に止まる訓練をすると良いと思います。何故なら常に逃げ惑って不安定に迷走しているからです。
止まる事で、時間の長さを感じる事が出来ます。
一拍の音の長さを感じる事は、その音に滞在すると言う事であります。
その、「留まる」と言う事が出来ないと、常に動きが流れてしまいます。
それは、言い換えると「全ての抵抗からフラフラ逃げ出そうとさまよっている状態」でもあるのです。
落ち着きの無い声楽家を観たら、まず、声の留めが弱いタイプだと思って良いでしょう。(笑)
落ち着きも、留まる事から生まれると思います。
しかし、留まりすぎは、硬直に至ると言うリスクを抱えています。
しかし、まずは留まる訓練が先だと思います。
留めがあるから、加速もあり、そのバランスで動きにキレが出てくるのです。
「流す」事に重点を置きすぎると、リズム感が失せる事もお分かりでしょうか?
リズム感が無いとは、根底に「止まれない」と言う事があると思われます。
以上の事は、私が帰納法により到達した結論であり、どこぞの権威の論文など一切観ておりません。
この様な結論が、もし、既存の理論として在れば、失礼致します。