日本人オペラ歌手の音声を、あらゆる角度から分析して行くうちに、何故この様な事に成って来たのか?と言う事が、段々と明らかに成って来ました。
具体的現象を考察すると、その抽象度高い領域での本質まで辿り着けます。
今まで、権威にばかり頼り、それでも発生する不具合に、真正面から考察、対処しないで来たと言う事が言えるのでは無いでしょうか?
要するに、自分の頭で考えようとしないのです。
演繹法だけでは、見失われた声の構造を発掘する事は出来ないのです。
それもこれも、権威そのものに不具合を抱えた構造と言う事が原因であるのです。
それを認識させてくれるのは、やはり、黄金期から現代にかけての音声の変化そのものです。
要するに、耳で聴けば明らかなのですが、とりあえずの恒常性を優先する余り、如何に耳がいい加減に成ってしまったか、と言うところでは無いでしょうか。
この問題は、何も声楽発声だけの問題では無く、人々の心の問題でもあると思います。
多かれ少なかれ、我々は洗脳されていたのです。
権威は便宜上ある!と言う程度のものとして、再認識する必要があると思います。