それは、脳の恒常性維持機能によるものであるようだ。
日常的な習慣から抜け出すのが大変であるように、一度身に付いた発声は、なかなか捨てさせてくれません!
その感覚から逸脱した感覚に移行すると言う事は、不快感がともなうからです。
例えば、明るいが平べったい声を出していた人が、これではいけない!と、深く暗く仕向けた場合、メカニズム的には同じレベルの空洞化した声を選んでいるだけである事が多いのです。
後は、計画と言う物語を見すぎて現実を見ていない場合も多々見受けられます。
そこには、「筈だ論」 があり、それらの多くは言語による処の簡易な構築による、現実には隙間だらけの結果を「成し遂げた」と思い込む帰来があるのだと思われます。これ、意外に多いですよ!
いずれにせよ、薬にも毒にもなるのが言語であり、取り扱い注意であります!
如何にごまかすのか?如何にこじつけるのか?如何に正当化するのか?と言うところに多く用いられているようです。
表向きが真実だと思い込んでいる人達が多い中、何が嘘なのか?を見極められる見識眼を養いたいものです。