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Channel: Old school オペラ発声研究家 宮前区在住 永田孝志の日々
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キューゾの試練とは?

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特に口先発音の日本人が、奥行きのある西欧の立体言語による音声を学ぶと、やはり、仮声帯の使い方から学ぶ必要がある事は、私の研究の結果から導き出されたものである。

そして、それが出来れば、舌と喉頭による止めが加わり、声の形が出来上がって来るのである。

声帯発声の基本とは、これらのキューゾの具体的解明であったにも拘わらず、それとは真逆なところをうろうろしていたと言うのが、これまでの動向では無かろうか。

声の形、輪郭とは、やはり、キューゾにより造られるものである事は、最早疑いようのない事実と言っても良いだろう。

さて、そのように、私の門下生を仕向けると、どのような反応が起こるかと言うと、「レッスン中に、ぶっ倒れるのでは?と覚悟した!」とか、一山登った後のような顔になり「疲れた!」など、これまでのレッスンには無い反応である。

私が改めて思うには、これが、本当なんだ!と言う事である。

今までに、使った事の無い筋肉を使い、体感した事の無い抵抗を感じ、心身ともにショッキングな事態に成るのであろう。

メッツァ・ヴォーチェや、ピアニシモを出すには、出ている柔和な声とは裏腹な、過酷な体感が生じる事も、理解出来て来たのである。

そして、整った心地良い声とは、不揃いの歪んだ声を出すよりも、遥かに大変な体力を要する事も、考えてみれば当たり前の事であるが、理解出来るのである。

しかし、一般的に、整った素晴らしい声を聴くと、「何て楽そうに歌っているのだ!」と感じ、そのまま楽に歌ってしまうのである。それ即ち、不揃いの歪んだ声の境地でもある。(笑)

そんなこんなで、声楽学習者は、これらの空想と現実のギャップをまずは知り、本当に上達すると言う事の意味を問い直してみる必要があるのでは無かろうか?

散々苦心し、寝込んだた挙げ句(笑)に「もうこんな事辞めてしまおう!」と何度も想った位で、本当の進歩の境地にありつけるのだと理解したのである。

我々日本人が、キューゾを体感すると、想像を絶する程トンでもない感覚なのである。
歌いながらも、「歌など歌っている場合では無い!?」と言う、トンでもない感覚なのである。(笑)

そんな中、比較的、キューゾの形に早く順応するタイプがある。
それは、元々首が短い人である。

その首が短い人は、首が逃げる割合が少なく、安定し易いのであろう。

特に、ソプラノやテノールに多いタイプである。

私のような首の長いタイプは、固定化に苦労すると言う話である。

何回も具合悪く成って寝込む事に成るかも知れませんが、本物のキューゾを学びたい方は、遠慮無く(笑)お申し出下さい。

手ぐすね引いてお待ちしています。(笑)

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