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Channel: Old school オペラ発声研究家 宮前区在住 永田孝志の日々
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アッポッジョの受難

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さて、リチャード・ミラー氏の著書が翻訳されて出版され、アッポッジョと言う概念が、日本でも、少し知られる様に成りました。

その頭脳明晰なる国内の若き研究者が、アッポッジョを体現している人物として、私を選んでくれていた事は、今後のフィジカルなる研究にも、身が入ると言うものです。

さて、このアッポッジョ!
理屈では、何とか理解出来ても、実践となると、どうでしょう?

そもそも、アッポッジョを体現している声楽家が国内に居るのでしょうか?
自分でアッポッジョだと思い込んでいるだけの人は沢山居ると思われますが、理屈と合わない声を発しているのが現状なのです。

何十年、帰納法で発掘して来た私も、最近、ようやく、その大まかな理屈から派生する細かな体感による把握が出来て来た次第です。

その心は!?

「アスリート」の一言に尽きるのです。

何故なら、アッポッジョとは、声楽テクニックそのものだからです。
そして、筋トレ的な訓練を兼ねたバランス化に仕向ける事は、本来、楽をしたい気持ちと闘わねば成らないのです。

そうしているうちに、10年か、それ以上掛けて、出来るように成ると言う、とんでもない難易度の高い技術なのです。

だから、アスリートなのです。
そう!アスリートと言う言葉を発するのは、誰でも出来ますが、アスリートに成る事は、普通は不可能に近いと認識した方が現実的でしょう。

アッポッジョを理解して、体現出来ると言う事は、己の肉体とマインドが「隙間無く埋まる、重なる」と言う、落ち着き感を伴います。

未来を見据えて、現在に生きる!と言う体感が伴います。(笑)

権威主義や、演繹法的思考では、借り物ばかりで、先は見えています。
しかし、声と言うものを追究すると言う事は、借り物を、さも理解したかのように取り扱うのでは無く、言葉では言い表せない、自分の感覚で納得しながらも、日々、新たなる発見をしていくものなので、新鮮な日々を送る事が出来ます。

昔は、私は、肉体の枠に、マインドが、ピッタリと収まっておらず、頭だけが空回りしておりました故、そこら辺は、よ~く解っているつもりです。

要するに、アッポッジョをマスターすると言う事は、落ち着かない人が、落ち着き払う雰囲気に成る、と言う変化を遂げると言う事なのです。

上辺のコツの話とは、エラい違いだと言う事であり、その世界に脚を突っ込むと言う事は、恐らく、一生拘り続ける羽目になると言う事であり、人に寄って様々な意味が出来て来ると思われます。

一つのセラピーとしてのアッポッジョ!
生き甲斐としてのアッポッジョ!

容易に到達出来ないと言う事が、どんなに有り難い事か!?

だから、無料で配信しているのです。(笑)

一生かけて、ず~っとレッスンに通いましょう!「魔物はお前(俺)じゃ!」(笑)

「後少しで出来る!」と思っても、その後少しが・・・あら不思議!タイムトラベルしたような!浦島太郎に成ったような気持ちを体験出来る事請け合いです。

これが本当の、「充実した人生」・・・だと言う事にしませんか?(笑)


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